月報3月号
■■■断水した!■■■
今日は、水道管が壊れて水漏れしているため、水道やさんが修理をしている間は水道が止まってる。おまけに突然のことで汲み置きがない。
水がないと生活できない、と頭では知っていたけれど、実体験してつくづく身にしみて分かりました。
ああ、トイレしたい。でもできないので、これから図書館のトイレを借りに行ってこよう。歯も磨きたい、さっき磨いたけど、昨日新大久保の韓国料理屋に行ったので、めちゃ口くさいのだ。お茶でも飲んですっきりさせてから図書館に行こうかと思ったが、そうだ、水が出ないんだった・・・
聖書の中に「渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい」と書いてあるけれど、もし、神様が断水したらえらいことになるな、と想像した。何の予告もなく、突然水が断たれるというのは、「死ね」と言っているのと等しい。食べられないばかりか、トイレに行けないのはもっと辛い、拷問だ、地獄だ、永遠の苦しみだ。
聖書が言う、水、とは心の渇きを癒す水のことだ。体と同じように心も渇く。渇きはいろんなことをして一時しのぎできるけど、永遠に潤すことのできるのは、キリストだと言っているのだ。
本当にキリストだけなのか。それは飲んでみればすぐ分かるでしょう。キリストを知らないときに決して満たされることのなかった心の奥の奥にある不安や不満が、キリストの愛を自由に受け、飲むとき癒されました。誰にも気兼ねなく、安全性を気にすることなく、自由に飲める水、それがキリストの愛。
長くなりましたが、これから図書館に行ってきます!一時しのぎですが、帰ってくる頃には修理が完了していることを祈りつつ。






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